BAUHAUS
Walter Gropius が Weimar に開いた美術学校。芸術と工芸と工業の統合を理念とし、Moholy-Nagy、Klee、Kandinsky、Albers らが教師として集った。タイポグラフィは Bayer、Tschichold が担当。
// Bauhaus journal
// Klee · Kandinsky teaching
// Dessau campus 1925
Form follows function.
けれども、function とは
誰のための、何のための機能か? — Otl Aicher, 1991
Walter Gropius が Weimar に開いた美術学校。芸術と工芸と工業の統合を理念とし、Moholy-Nagy、Klee、Kandinsky、Albers らが教師として集った。タイポグラフィは Bayer、Tschichold が担当。
Max Bill が初代学長を務めた、Bauhaus の正統な後継。Inge Aicher-Scholl と Otl Aicher が共に立ち上げ、デザインを 科学 として再定義した。Lufthansa、Braun の方法論はここから生まれた。
Ulm 卒業生が Braun に集結し、Dieter Rams を中心に「良きデザインの十戒」を産業に実装。Apple の Jonathan Ive がそのまま継承し、現在の世界の UI/プロダクトの教科書となる。
ドイツの戦後グラフィック・デザインを理解するためには、二つの精神史的事実を抑える必要がある。第一に、Bauhaus が 1933 年にナチスによって強制的に閉鎖され、教師の大半が亡命したこと。第二に、戦後再出発した Ulm 造形大学 (HfG) が、ナチス時代に処刑された反体制学生 Sophie Scholl の姉 Inge Aicher-Scholl によって設立されたこと。
つまり戦後ドイツのデザイン教育は、最初から 政治的責任 を背負っていた。「機能美」という Bauhaus のスローガンは、Ulm では「機能とは誰のための機能か」という倫理的問いに置き換えられた。Otl Aicher が 1972 年ミュンヘンオリンピックで採用したカラーは、伝統的な国家色 (黒赤金) を意図的に避け、空色とエメラルドだった。ナチス的国家主義からの距離を視覚化するための色彩政治である。
そしてもう一つ、ドイツには 「製品とその説明書」 を文化として成熟させた伝統がある。Braun の取扱説明書、Audi のサービスマニュアル、Lufthansa の機内誌。設計は最終製品だけでなく、それを使う行為のすべてに及ぶ —— この姿勢が現代の UX デザインの源流となった。
Bauhaus タイポグラフィ部門の中心。1925 年「Universal」字母で大文字を廃止する提案。後に米国に亡命し、Container Corporation of America の AD として戦後米国デザイン界に Bauhaus 精神を移植した。
Leipzig 生まれ。1928 年「Die neue Typographie」で非対称・サンセリフ・モジュラー組版を体系化。スイスへ亡命後、Penguin Books で 500 タイトルを設計。Sabon 書体 (1967) を残した。
HfG Ulm 共同創設者。Lufthansa CI、ミュンヘン 1972 オリンピック、Frankfurt 空港、ERCO 照明。「Rotis」書体ファミリーの設計者。倫理と科学を統合したデザイン哲学者。
幾何学抽象から出発し、企業 CI に応用。Berliner Bank、Deutsche Bank、SEL の CI を担当。コンセプチュアルなマーク設計は現代まで生き残る規範となった。
Braun の主任デザイナーとして 30 年。「Less, but better」を実装。1976 年「良きデザインの十戒」を発表。Apple の Jonathan Ive が iPod、iPhone のデザインで明示的に継承を宣言した。
FF Meta、FF Info、ITC Officina の設計者。MetaDesign 創設者として Berlin 公共交通、Volkswagen、Audi、Bosch の CI を主導。現役のドイツ・デザイン界の重鎮。
Good design is innovative.
Good design makes a product useful.
Good design is aesthetic.
Good design makes a product understandable.
Good design is unobtrusive.
Good design is honest.
Good design is long-lasting.
Down to the last detail.
Good design is environmentally friendly.
Weniger, aber besser.
Walter Gropius が創設した「総合芸術学校」。14 年間で建築、家具、グラフィック、写真、舞台美術を横断する近代主義の標準を確立。亡命教師が世界中に拡散。
戦後 Bauhaus の正統な後継。Max Bill、Otl Aicher、Tomás Maldonado が「デザイン科学」として再定義。15 年で閉鎖されたが Lufthansa、Braun に DNA を残した。
家電メーカー。Erwin Braun が Ulm との提携を 1955 年に開始、Dieter Rams を主任に登用。「業界全体の視覚言語を決める家電メーカー」となる。
Erik Spiekermann が創設。Berlin 公共交通の CI、Volkswagen、Audi の社内タイポグラフィ。デジタル時代における Bauhaus 的方法論の継承者。
ドイツが世界に手渡したものは、「設計可能な世界」 という確信である。家電、自動車、空港、オリンピック、書籍、地下鉄、空気清浄機 —— あらゆる産業製品とその周辺のグラフィックを一つのデザイン哲学で統一できるという信念。それは Bauhaus が始め、Ulm が体系化し、Braun が産業化した、20 世紀最大のデザイン・プロジェクトだった。
21 世紀の Apple の iPhone、Google の Pixel、Tesla のダッシュボード、Vitra の家具、IKEA の組立説明書 —— すべては Dieter Rams の十戒のなんらかの実装である。Apple の Jonathan Ive 自身が「Rams のないデザインは私には考えられない」と公言している事実が、ドイツの遺産の射程を物語っている。
同時にドイツのデザインには、もう一つの伝統がある。それは 政治的責任 を背負ったデザインの系譜である。ナチス時代の反省から始まった戦後の Ulm、Aicher のミュンヘン 1972、Spiekermann のベルリン交通、現代の Bureau Mirko Borsche。「機能とは誰のためか」という問いは、いまも全てのドイツ人デザイナーが背負う倫理的義務である。