Anonymous Genius
署名を拒否し、複数の偽名を使い分ける。デザイナー個人崇拝を解体する姿勢。
パンクの装飾家。Stiff Records が育てた天才。
1942 年 Tunbridge Wells 生まれの Colin Fulcher は、サイケデリック・ロック界で独学のグラフィックデザイナーとなった後、Hawkwind の専属デザイナーから出発し、1976 年にロンドンの新興独立レーベル Stiff Records と運命的な出会いを果たす。
Stiff の創設者 Jake Riviera が掲げた標語「If it ain't Stiff, it ain't worth a fuck」と、Bubbles の極彩色・ポップアート・幾何学装飾は完璧に共鳴した。Elvis Costello、Ian Dury、Nick Lowe、Damned の最盛期のジャケットの大半は彼の手になるもので、パンクという音楽を装飾的・知的・遊戯的なグラフィックの言語に翻訳した第一人者である。
彼は徹底して匿名を貫き、自分のジャケットに署名を入れることを拒否した。同じデザインに「Sal Forlenza」「Heinz Beans」など複数の偽名を使い分け、デザイナー神話を解体しようとする姿勢は、Saville や Hipgnosis とは対照的だった。1983 年、41 歳で自ら命を絶つ。
Bubbles の 1970 年代後半の作風は、Bridget Riley や Victor Vasarely の Op-Art 直系のストライプ、モアレ、ハーフトーン、幾何学パターンに、パンクの DIY 感覚を差し込んだもの。Costello の "Armed Forces" の象の脚や Damned のサイケデリックな円盤は、いずれも 60 年代的高揚と 70 年代後半的シニカルさを同居させた。
彼は色を恐れない。Stiff Records 標準色のブラック/イエロー/レッドに、ターコイズ、ピンク、エメラルド、マゼンタを加え、レコード店の棚の他のジャケットを 消し去る だけの蛍光性を持たせた。
署名を拒否し、複数の偽名を使い分ける。デザイナー個人崇拝を解体する姿勢。
Bridget Riley を経由した幾何学パターンを、パンクのジャケットに大胆に持ち込んだ。
レコードジャケットに付随する販促ステッカー、ポスター、バッジまで含めて 1 つの作品として設計した。
Stiff のローバジェットを逆手に取り、安価な印刷でこそ映える彩度の高いベタ塗りを徹底した。
Bubbles を発見し、レーベルの全権を委ねた人物。Costello、Lowe、Dury のマネージメントも担当。標語「If it ain't Stiff...」の生みの親。
Riviera と並ぶ Stiff の頭脳。Madness、Yachts などをサインした。Bubbles のグラフィックを「商品ではなく事件」として宣伝した。
My Aim Is True から Get Happy!! まで、最盛期 5 枚のジャケットすべてが Bubbles 作。Costello の眼鏡シルエットというイメージは Bubbles が完成させた。
Dury 自身も元美術学生で、Bubbles と密に共同作業した。"New Boots and Panties!!" の店頭看板的な構図は二人の合作。
"Barney was the greatest graphic designer Britain ever produced, and the least recognised."
1983 年 11 月 14 日、Bubbles はロンドンの自宅で自ら命を絶った。41 歳。鬱と税務問題、長年のクライアントへの不満が重なっていたとされる。
彼の死は当時ほとんど報じられなかった。Stiff の倒産時期と重なり、英国音楽産業の縮図のような事件だった。だが死後、彼の遺した作品は再評価が進み、2008 年には大英博物館で大規模回顧展が開かれた。
Pentagram の Paula Scher、Designers Republic の Ian Anderson、Stefan Sagmeister らが揃って彼を「最も影響を受けたデザイナー」として挙げている。
Barney Bubbles が遺したものは、「グラフィックデザインは音楽と同じ瞬発力で生まれてよい」 という確信である。彼のジャケットの大半は数日、時には数時間で生まれた。手描き、コピー機、印刷工場 —— ローテク・ハイインパクトの方法論。
それまでアートスクール出身者の知的な営みだったレコードジャケットを、彼は 「7 インチシングルの裏に貼るステッカー」 の高揚感まで取り戻した。パンクの音楽が「3 コードあれば誰でもバンドが組める」と宣言したのと同じ意味で、Bubbles は「パステル 6 色とコピー機があれば誰でもジャケットが作れる」と示した。
21 世紀の zine 文化、Risograph 印刷の流行、ローファイ・グラフィックの全リバイバルは、Bubbles の精神的子孫である。彼が生きていれば 80 代を迎えたところで、いまの世界を見たら、自分が手放そうとした「デザイナー神話」が再び肥大していることに、おそらく溜息をつくだろう。