絵画として作る
PC で生成された画像ではなく、絵筆と版画刀で描いた原画をスキャンしてジャケットにする。手の痕跡を残すことを優先する。
崩壊した風景としてのアートワーク 1994–現在
Dan Rickwood は 1968 年生まれ、エセックス大学で Thom Yorke と出会った時から、Radiohead の全アルバム・全アートワークを手がけることになる視覚的パートナーだった。1994 年の "My Iron Lung" EP 以降、彼の名前 Stanley Donwood は Radiohead のもう一人の正式メンバーとして扱われてきた。
彼の作品は、デジタルな崩壊と手仕事の絵画を執拗に往復する。OK Computer の青緑のハイウェイ風景、Kid A の燃える山脈、In Rainbows の蛍光の飛沫、A Moon Shaped Pool の塗り重ねられた油彩。どれも「終末後の風景」という共通の気配をまとっている。
彼にとってアルバムジャケットは「絵画の延長」であり、Thom Yorke と並んで描き、議論しながら、レコードと並走する 1 枚の絵を完成させていく。「自分は商業デザイナーではない、画家だ」と公言する稀有な存在である。
| // Year | // Title | // Visual Theme | // Catalog |
|---|---|---|---|
| 1995 | The Bends | CPR dummy / iron lung — distress signal | CDPCS 7372 |
| 1997 | OK Computer | Highway diagrams · airline phrases · existential code | CDNODATA 02 |
| 2000 | Kid A | Burning red mountain ranges | KIDAMNESIAC 1 |
| 2001 | Amnesiac | Crying minotaur · library book | KIDAMNESIAC 2 |
| 2003 | Hail to the Thief | Word-grid map of Los Angeles war signage | CDP 7243 |
| 2007 | In Rainbows | Etched fluorescent splashes on black | XLCD 324 |
| 2011 | The King of Limbs | Spirit-tree gnarled woodcut | TICK001CD |
| 2016 | A Moon Shaped Pool | Cracked oil-paint terrain · vegetal | XLCD 790 |
Donwood が Hail to the Thief 期に描き、後の Radiohead 全グッズに登場することになった泣くクマ。怒りと悲しみが同居した顔。彼自身は「これは 笑顔の自分 ではない方の自画像」と語っている。
彼の作品の多くは、可愛いキャラクターと終末的な恐怖が共存している。子供の絵本のような筆致で、戦争・監視・気候崩壊の悪夢が描かれる。この 不協和 こそが、Radiohead の音楽そのものの視覚的等価物として機能してきた。
PC で生成された画像ではなく、絵筆と版画刀で描いた原画をスキャンしてジャケットにする。手の痕跡を残すことを優先する。
燃える山脈、洪水、廃墟。それでも構図は静かで、観賞者は事態の 後 に立ち会わされる。
Hail to the Thief、In Rainbows、OK Computer。文字を絵の素材として使い、警告板、看板、コードのような視覚を作る。
外注デザイナーではなく、Thom Yorke の隣でアルバム制作と並行して描く。録音とアートが同時進行で生まれる稀有な体制。
Radiohead が録音を始めると、Donwood はスタジオに併設のスタジオに入る。バンドの即興と Donwood の絵筆が、同じ部屋の空気を吸って育つ。
1m〜2m の大型油彩。彼は一切「12 cm × 12 cm の正方形」を意識しない。後で必要な部分を切り取り、CD ジャケットに縮小する。
木版、リノカット、シルクスクリーンを併用。In Rainbows のスプラッシュは実際の絵の具の飛沫を高解像度でスキャンしたもの。
歌詞集、ブックレット、12 インチ盤すべてを 1 つの絵画作品として設計。リスナーは聴覚と視覚の両方で同じ場所に着地する。
Donwood は各アルバム制作中の日々を「Slowly Downward」というブログで公開。後にこれが書籍 "There Will Be No Quiet" としてまとめられた。
Tin Man Alley、Christie's、Outer Spaces。アルバム制作の副産物としての絵画は、現代美術として独立して取引される存在になっている。
Donwood は 30 年にわたり、ロックバンドとビジュアルアーティストの関係を パートナーシップ として再定義してきた。「アートワーク」という外注業務を、バンド内活動の中核に押し上げた立役者の一人である。
彼の絵画は単なるレコードジャケット以上のものになった。気候変動、監視社会、消費主義への批判を、Radiohead の音楽と 同じ筆致 で発信し続けるアーティストとしての立場を確立。Banksy 以降の英国ストリート・アート、Damien Hirst のスポット絵画、Mark Manders の崩壊した彫刻と並ぶ、世紀末以降の「不安の絵画」の一系譜を築いた。
そして何より、Donwood と Radiohead の関係は、レコード産業が崩壊した時代における新しいアートの在り方を示している。物理メディアの売上は減っても、ジャケットは 絵画 として残り、コレクターズアイテムとして、書籍として、版画として再生し続ける。