Surreal Photo
「あり得ない場面を、写真として実在させる」── 燃える男、空に浮かぶ豚、海辺のテレビ。Photoshop 以前の時代、すべて物理的に撮影された。
1968 年、Cambridge 大学で出会った Storm Thorgerson と Aubrey "Po" Powell は、ケンブリッジで Pink Floyd のメンバー (Syd Barrett、Roger Waters) と幼馴染だった。彼らがバンドのセカンドアルバム『A Saucerful of Secrets』のジャケットを依頼されたことで、デザインスタジオが偶然始まった。
事務所はロンドン Denmark Street の小さなアパート。社名 Hipgnosis は「Hip (流行の)」と「Gnosis (知識)」の合成 ── と同時に「ギリシャ語の hypnosis (催眠)」の駄洒落でもある。最初の名刺は、ドアに Hipgnosis と落書きされた写真をそのまま使用した。
1970 年代、彼らは Pink Floyd の専属デザイナー として、Dark Side of the Moon (1973)、Wish You Were Here (1975)、Animals (1977)、The Wall (1979)、と歴史的アルバムのジャケットを次々と手掛ける。並行して Led Zeppelin、Genesis、Wings、Black Sabbath、Peter Gabriel、10cc など 70 年代ロックの主要バンドを担当した。
スタイルは 「シュルレアリスティックな写真」。Magritte と Dalí の系譜を、現代音楽の媒体で実装した。1983 年に解散。
「あり得ない場面を、写真として実在させる」── 燃える男、空に浮かぶ豚、海辺のテレビ。Photoshop 以前の時代、すべて物理的に撮影された。
多くのカバーに タイトルもバンド名も無い。Dark Side of the Moon は表面に文字がない。「写真だけで識別される」ことの自信。
音楽の内容を 直接 描かない。"Wish You Were Here" は燃える男。"Dark Side" はプリズム。比喩・寓意・概念的飛躍が彼らの仕事。
プリズム、光線、影、反射。物理的な光学現象を写真と組み合わせ、科学と詩の境界線を描き続けた。
20 世紀ロック史上最も売れたアルバムの一つ。Storm の発案による物理プリズムの図解。文字は一切なし。
炎に包まれた男と握手する別の男 ── 「魂を売る音楽産業」のメタファー。スタントマンを実際に火だるまに。
ロンドン Battersea 発電所の上空に浮かぶピンクの豚 (Algie)。実際に巨大バルーンを浮かべて撮影。途中で逃げた。
監獄のサーチライトに照らされる 9 人の人物 (バンドメンバー + ゲスト)。脱獄劇のヴィニェット。
Peter Gabriel 在籍時の二枚組コンセプト盤。連続した 4 つの場面で物語を視覚化したストーリーボード型ジャケット。
セラピストのソファーに横たわる羊。"Are you normal?" のキャッチが付いた、Hipgnosis のユーモア感覚を凝縮した一枚。
Hipgnosis の手法 ── 「ありえない場面を実際に撮影する」── は Photoshop が登場するまで、ロックジャケットの最高水準だった。物理的に作るしかなかった時代の 創意工夫の粋 が、現代から見ると逆に新鮮に映る。
2010 年代以降、Beyoncé の "Lemonade"、Kanye の "My Beautiful Dark Twisted Fantasy"、Tyler the Creator の "Igor" ── 21 世紀の主要な「概念的アルバムカバー」のすべてが、Hipgnosis の系譜にある。
2023 年、Anton Corbijn 監督の『Squaring the Circle』(ドキュメンタリー) で改めて世界に紹介され、Z 世代の音楽ファンに再発見されつつある。