Berthold
発祥の Berthold 自身のロゴと印刷物。19 世紀末ドイツ広告活字としての本籍を示す。
1898 年、ドイツ・ベルリンの Berthold 鋳造所 (H. Berthold AG) が、商業印刷物 (= akzidenz) のために設計した名もなき書体。設計者は記録されておらず、工房の集合的成果として匿名で発表された。
当初は単なる「広告用書体」として控えめに販売されたが、20 世紀初頭にかけて急速に普及。戦後スイス派 ── Müller-Brockmann、Hofmann、Ruder ── が「中立性の極致」として愛用したことで、世界的な地位を獲得した。
1957 年に Helvetica (Vol. 31) が発表されると、Akzidenz は徐々にその影に隠れたが、本物の Swiss Style デザイナーは Akzidenz を選び続けた。Vignelli、Greiman、Sagmeister らも公に Akzidenz への愛を語っている。
現在、Berthold 社の倒産 (2022) を経て、書体権はオランダ Monotype に移管。デジタル復刻版 Akzidenz-Grotesk Pro が現役で販売されている。
Akzidenz の特徴は、Helvetica より わずかに低い x-height、より控えめなアパーチャ (開口部)、やや古典的な terminal。19 世紀の手書き活字の名残を残しつつ、機械的精度を獲得した。
大文字 G の下端の spur (突起) が、Helvetica にはない Akzidenz 固有の特徴。職人的な細部が随所に残る。
発祥の Berthold 自身のロゴと印刷物。19 世紀末ドイツ広告活字としての本籍を示す。
Müller-Brockmann (Vol. 27)、Hofmann が Tonhalle ポスター連作で愛用。Helvetica 以前の Swiss Style の正統書体。
Massimo Vignelli が Knoll のブランディングで採用。「私は Helvetica より Akzidenz を選ぶ」と公言した。
1969 年、Vignelli が Akzidenz でデザインした NYC 地下鉄サインシステム。1989 年に Helvetica に切り替えられたが、原型は Akzidenz だった。
2000 年代米国カウンターカルチャーの代表的アパレルブランド。Akzidenz Bold + 平淡写真の組み合わせで「広告らしくない広告」を確立した。
故郷ベルリンの地下鉄サインシステム。100 年以上にわたり Akzidenz が公式書体として使われ続けている。
本巻の主役。1898 年、無名の匠から始まった、20 世紀サンセリフの母。
米国版の同時代対応。米国 ATF が Akzidenz の影響下で設計、20 世紀米国新聞活字の標準に。
Akzidenz を直接の出発点として設計された継承書体 (Vol. 31)。x-height を上げ、より systematic に整理した。
Helvetica と同年に発表されたライバル。21 種のウェイトを論理的なグリッドに配置した最初の体系。