Hand-Lettering
活字を捨て、文字を絵として描く。読みづらさを引き受ける代わりに、目を凝らさせる視覚的価値を獲得した。
戦後 20 年、デザインの世界は Swiss Style(Vol. 19)の合理主義に支配されていた。グリッド、Helvetica、左揃え、写真、無装飾。 — それは戦争の混沌から逃れるための「秩序の処方箋」だった。
1965 年、サンフランシスコで全く逆方向の運動が始まる。ベトナム反戦、市民権運動、LSD、ロックンロール。Fillmore Auditorium と Avalon Ballroom で行われるロック・コンサートの告知ポスターが、新しい視覚言語の発信源となった。
ハンドレタリング、目を眩ますような渦巻き、不協和な色の組み合わせ、絶叫する文字。これは「読みやすさ」を放棄した最初のデザイン運動だった。Wes Wilson、Victor Moscoso、Rick Griffin ── 彼らはタイポグラフィの規則を、よってたかって解体した。
活字を捨て、文字を絵として描く。読みづらさを引き受ける代わりに、目を凝らさせる視覚的価値を獲得した。
同心円、渦巻き、市松模様、波動。LSD 体験の可視化として、目を眩ます幾何学的パターンが多用された。Op-Art の隣人。
Moscoso の発見。同じ明度の補色を隣接させると、目が「振動」する。可読性を犠牲にして、色そのものに動きを与えた。
Art Nouveau (Vol. 16) の蘇り。Mucha の流れる髪は、Wes Wilson の文字へ生まれ変わった。70 年の時を超えた装飾性の復権。
Fillmore Auditorium のレジデント・デザイナー。彼が描いた揺らめく文字 — Art Nouveau の Mucha を直接参照 — がサイケデリック・タイポグラフィの原型を作った。
イェール大学で Albers (Vol. 18) に色彩論を学んだ後、サンフランシスコへ。Albers の科学を「振動する不協和」に転用 ─ アカデミック教育を反逆に変換した稀有な作家。
サーフカルチャーから出発し、Grateful Dead や Eye Of The Storm のロゴを手がけた。アンダーグラウンド・コミックスとサイケデリックの交差点に立った。
Stanley Mouse と Alton Kelley のデュオ。Grateful Dead のスカル&ローズのロゴで知られる。19 世紀のヴィクトリアン・スタイルを参照する独特の重厚さ。
同じ 60 年代、ニューヨークでは Andy Warhol、Roy Lichtenstein、Robert Indiana らが Pop Art を展開していた。サイケデリックがカウンターカルチャーから生まれた一方、Pop Art は 商業文化そのものを芸術の素材にする 戦略をとった。
Warhol の Campbell スープ缶、Lichtenstein のコミック増幅 (Ben-Day dots)、Indiana の LOVE 彫刻 — どれも「広告と芸術の境界線を溶かす」ことを目的とした。商業デザインの語彙が、美術館の壁に張り出された最初の時代である。
サイケデリックと Pop Art は、外見こそ違うが、同じ反逆性を共有する。Swiss の合理主義 + アカデミックな Modernism への対抗として、1960 年代を通じて並走した。
サイケデリックは 1970 年までにエネルギーを使い果たし、その熱は急速に冷えた。だがその視覚言語は、形を変えてあらゆる場所で生き続けている。
1970 年代の プログレッシブ・ロックのアルバムカバー (Hipgnosis, Roger Dean)、80 年代の MTV ジェネレーションのモーション、現代の 音楽フェスティバル・ポスター (Glastonbury, Coachella) — どれもサイケの遺伝子を内包している。
2010 年代以降は Y2K リバイバル、Vaporwave、NFT アート、AI 生成画像と並んで、再び主流の視覚に浮上した。サイケはどこへも行っていない、ただ眠っていただけ。