primary colors
Johannes Itten が予備課程で確立した色彩理論。三原色を理性、白黒を構造として扱う「機能としての色」が Bauhaus の標準となった。
第一次世界大戦の敗戦と Weimar 共和国の混乱の中、Walter Gropius は新しい教育機関を構想した。美術 (Fine Art) と 工芸 (Craft) の境界線を消去し、両者を一つの統合的実践として育てる学校 — Staatliches Bauhaus。
創立当初の宣言文には、すべての装飾芸術を 建築 という一つの大きな器に向けて統合するという野心が記されていた。Gropius が「最終目標は建築だ」と書いたとき、それは「ジャンルを超えた統合的設計」という意味だった。
政治的圧力に追われ、学校は Weimar → Dessau → Berlin と三つの都市を移動した。最後はナチスの圧力により 1933 年に閉鎖。たった 14 年の歴史だが、その後の 100 年のデザインを決定づけた。
創立期。Itten による予備課程 (Vorkurs)。神秘主義と表現主義が支配的。
黄金期。Gropius 設計の校舎、Moholy-Nagy・Bayer・Albers が教鞭をとる。様式の確立期。
最終期。Mies van der Rohe 校長の元で私立学校化。1933 年、ナチスにより閉鎖。
Johannes Itten が予備課程で確立した色彩理論。三原色を理性、白黒を構造として扱う「機能としての色」が Bauhaus の標準となった。
Kandinsky が著書『点・線・面』で体系化した、最も還元的な視覚要素。Itten は色と形の対応 (青=円・赤=正方形・黄=三角) を提唱した。
Herbert Bayer が 1925 年に設計した Universal。すべて小文字、装飾を排した幾何学的サンセリフ。「大文字は古い、小文字で十分だ」
左右対称の伝統を捨て、グリッドの上で要素を 非対称 に配置する近代タイポグラフィ。1928 年の Tschichold 著『Die Neue Typographie』が結晶。
Bauhaus の教育構造は 同心円 で表される。最も外側に 予備課程 (Vorkurs)、その内側に 各工房、さらに内側に 建築 (Bau)、そして中心に「BAU」という究極目標が据えられた。
すべての学生は、まず半年の 予備課程を受ける。色彩・素材・形態の基本を、Itten のもとで実験的に学ぶ。「学ぶ」というより「ほどく」 — 既存の美的偏見をリセットする課程だった。
その後、織物・陶芸・金属・印刷・写真などの工房 (Workshops) に分かれ、各分野の親方 (Master) と若い職人 (Journeyman) として共同制作する。「教師と生徒」ではなく「親方と弟子」。
最終的にすべての分野は 建築へと統合される — それが Gropius の構想だった。
Bauhaus の創立者であり初代校長。建築家として「全ての分野は建築に集約する」と説いた。1934 年米国に亡命、ハーバード大学で教鞭。
初期予備課程の主任。色彩論と形態論を確立。神秘主義的な傾向で 1923 年に学校と袂を分かったが、彼の色相環は教育の核として残った。
Itten 退任後の予備課程を継承。閉校後は米国 Black Mountain College、Yale で教鞭をとり、《正方形賛歌》シリーズで色の相互作用を探究した。
ハンガリー出身。写真・タイポグラフィ・光のアートを横断する実験家。閉校後シカゴで New Bauhaus を設立し、米国にバウハウスの遺伝子を移植した。
1925 年に Universal 書体を設計。すべて小文字のサンセリフは「機能的タイポグラフィ」の原型。後に米国でブランドデザイナーとして活躍した。
抽象絵画の祖の一人。1922 年から教鞭。著書『点と線から面へ』で視覚要素の文法を体系化、後の視覚言語学の出発点となる教育を残した。
1933 年の閉校後、教師たちはナチスから逃れて世界中に散った。Gropius と Mies van der Rohe は米国へ、Albers は Black Mountain College へ、Moholy-Nagy はシカゴへ、Bayer は New York へ。
結果として Bauhaus は、ドイツの一学校から世界共通の視覚言語へと変貌した。Ulm 造形大学(1953)、Black Mountain College、シカゴ Institute of Design — これらすべてが Bauhaus の延長線上にある。
戦後の スイス・スタイル (Vol. 19)、ニューヨークの企業デザイン (Paul Rand)、Apple の製品哲学、Material Design、現代の SaaS インターフェイス — どれをめくっても、その下層には Bauhaus の遺伝子が刻まれている。
14 年の学校が、20 世紀の視覚言語のすべてを書いた。