Arts & Crafts
William Morris を旗手とし、手工芸への回帰を掲げた。中世のギルド職人への憧憬、機械化への抵抗、装飾の復権。
視覚言語は 幾何学的な反復パターン、植物の連続模様、ゴシック書体への傾倒。Morris の壁紙・テキスタイル・装幀は、現代のパターンデザインの原型を成す。
政治的にも社会主義と結びつき、「美しい品物は、すべての人に届くべきだ」という思想が運動の根幹にあった。
C. R. Ashbee / Charles Rennie Mackintosh
19 世紀後半、英国の William Morris は、産業革命がもたらした 量産・粗悪・反人間的な物品に強い違和感を抱いた。彼が始めた Arts & Crafts 運動は、手仕事による品物づくりへの回帰を訴えた。
同じ時期、大陸ヨーロッパでは Art Nouveau(フランス)/Jugendstil(ドイツ)/Secession(ウィーン) が花開いた。アジアの浮世絵、自然の曲線、植物のモチーフを導入し、装飾と機能を一つの全体芸術として捉える思想が広まる。
これら兄弟運動は、後の Bauhaus(Vol. 18 で扱う)と モダニズムの母胎となる。「装飾を追放したモダニズム」は、まずこの「装飾の極限」の上に建てられたのである。
William Morris を旗手とし、手工芸への回帰を掲げた。中世のギルド職人への憧憬、機械化への抵抗、装飾の復権。
視覚言語は 幾何学的な反復パターン、植物の連続模様、ゴシック書体への傾倒。Morris の壁紙・テキスタイル・装幀は、現代のパターンデザインの原型を成す。
政治的にも社会主義と結びつき、「美しい品物は、すべての人に届くべきだ」という思想が運動の根幹にあった。
パリ・ウィーン・ブリュッセル・グラスゴーを中心に、より絵画的・装飾的に展開した。自然の曲線、植物の蔓、女性像。
視覚言語は ホイップラッシュ・ライン(鞭打つような有機曲線)、流れる長髪の女性、過剰な装飾。Mucha のポスターはその頂点。
ドイツでは Jugendstil、オーストリアでは Secession、スペインでは Gaudí の Modernisme と、地域ごとに名前と表現を変えながら同時多発的に展開した。
Art Nouveau の象徴的な S 字曲線。植物の蔓のように生命感をもって伸び、画面全体にダイナミズムを与える。
百合・薔薇・睡蓮・アイリス。自然界の有機形態が、繰り返しのパターンとして装飾の中心に据えられた。
既存の活字を使わず、各ポスターのために独自の書体を 描き起こす。Mucha や Mackintosh の文字は、絵画と等価の表現。
画面の四辺を、植物・動物・幾何モチーフの枠で囲む。中世写本の伝統を近代に蘇らせた、Mucha 縦長パネルの定番構図。
Arts & Crafts 運動の旗手。Morris & Co. を設立し、壁紙・テキスタイル・家具・書物すべてを手工芸として作り直した。Kelmscott Press の装幀は、近代ブックデザインの起点となる。
Art Nouveau の最も知られた象徴。Sarah Bernhardt のポスター《Gismonda》(1894) で一夜にしてパリの寵児に。流れる長髪の女性、モザイク状の背景、装飾的縦パネル — 「Mucha スタイル」を確立した。
Mucha とは対照的に、夜のパリ・ナイトクラブを描いた。日本の浮世絵から学んだ大胆な平面構成、独特の人物プロポーション。Mucha の「光」に対する「闇」のポスター文化を切り拓いた。
たった 25 年の生涯で、Art Nouveau の最も鋭利な線を残した。墨と紙だけで描かれた《Salomé》(1894) の挿絵は、官能・退廃・象徴主義を凝縮し、20 世紀のグラフィック表現の前触れとなった。
Art Nouveau と Arts & Crafts は、第一次世界大戦 (1914–18) の前夜に急速に衰退した。装飾の過剰さは、新時代の機能主義には合わなかった。
しかし、彼らの思想 — 「デザインとは産業に従属するものではない」、「全体芸術 (Gesamtkunstwerk) を作る」 — は、Bauhaus、Wiener Werkstätte、Deutscher Werkbund に直接受け継がれた。
表層 (装飾的曲線) は捨てられたが、深層 (デザイナー = 職人 = 思想家という統合像) は、20 世紀モダニズム全体の DNA となった。